意識レベルのみかた,考え方 Q & A

今回は脳外科のど真ん中,
病棟講義では何回も
しゃべったことを

書いておきます.

 


それは
「意識レベルのみかた,
そもそもの考え方」についてです.

 


脳外科,神経内科,救急関連で働く職員は,
救急隊員から始まって,
全員が,毎日,毎日,朝から晩まで,

「意識状態は?」
「意識はある?」
「(意識)レベル低下している」という
話をしています.

なぜか?

答えは
「意識レベルが,
神経機能の予後予測因子の最重要因子」だからです.


人間は,意識があってこそ人間です.
もちろん,動物にも意識はありますが.

救急搬送時,GCS8点以下なら重症扱いなどは,
現場での基本.

その時は気管挿管が必要?など,
意識レベルに応じて,
スタッフは対処法,準備すべきものなど,
変えていきます.

治療方針を決めるにも,
今後の状態予測にも状態の変化を連絡するにも,

「意識状態の評価」が必須です.
しかし,多くの謎?があり,わかりにくい部分もあります.

あらかじめ,
「意識レベルを診るのは難しい。」と
思っておけば,落胆も少ないです.

【質問】意識レベルは,一番良いようなレベルを取るのか
悪いほうのレベルをとるのか,
どちらがよいですか?

意識は「どこまで落ちているか」をみるもの。
軽いほうと重いほうの両方が認められたら、

悪いほうを,念のため採用するのが妥当です.
良く出てくるのは,救急隊が,
「お酒を飲んで泥酔状態」を昏睡と紹介してくることです.
仕方のない,いわゆるオーバートリアージです.

【質問】意識とは,何ですか?
これは,教科書に定義は難しいと書いてあります.
有名な太田富雄先生の脳外科の教科書が,
少しでもわかりやすいです.

たとえ話として,
脳の活動は「舞台で演劇をやっている」

ことに例えられる。
必要なものは,舞台そのもの,
台本,照明,役者,大道具,小道具,音響など

いくつかに分かれる.
要は,意識はいくつもの要素から成り立って,
一つの大きなまとまったものとなっているとのたとえです.

(1)舞台照明の明るさ:
これは,覚醒の度合いと考えられる.
全体の明るさが重要。
これは,動物的なもの.
これなら,段階的に,
真っ暗から太陽の光レベルまで数値で表すことができる.

これは動物などでも同じように測定できる.

脳幹がある動物なら,睡眠覚醒のサイクルがある.
単純に言えば,「起きている」かどうか.
真っ暗の中で劇をされても,
見ているほうは動きは,全くわからない.

(2)演劇の内容:
   これは,高次機能に近い.
要は,人間の場合,言語機能に近い.

見ているものが理解できるか?
ドラマをする以上,しゃべる,あるいは最低限,
何かを表現しないといけない.

舞台で役者全員がグーグー寝ていては,劇にならない.
奥の深い歴史ものか,ミステリーか?
あまり前衛的あるいは支離滅裂ではわからない.
要は,
「明るい舞台で,なにかやっていることは
わかる」けど,
その内容は意味不明ということは,どういうことか.

認知症のヒトは、はっきりと話すけれども、
内容がおかしい.
あるいは,統合失調症の人が「宇宙人がこれから来るので,準備を」

老人が丑三つ時に「兄がガラスの向こうに迎えに来てくれた」などは,
夜間せん妄であって,覚醒はしているが内容がおかしいということになる.

正常とは「自分のことがわかって,
まわりのこともわかっている」ことです.

これは,「見当識がある」ということ.

そのうえで,正しい説明ができるかどうかです.
会話の基本は,
「正しい時に,正しいことを,正しい相手に」なので,
夜間譫妄は,時間も,内容も,話す相手も

正しくないことになる.
これは,「意識内容の変容」と呼ばれています.
しかし,覚醒度は,正常になる.
明るい舞台で,何をしているかという見方.

(3)役者の動き:
役者がいくらアクロバティックな動きをしても,
それは大脳にコントロールされた意図的な動き.

正常な動物の動きをして,そのうえに劇的な動きをするのが演劇である.
すさまじい勢いで踊る人たちもいるが,
神経学的な「異常姿勢」にはならない.
これは大脳にコントロールされた正常の動物が
動くように動いているか?の評価

要は大脳の機能が落ちれば,「除脳姿勢」
あるいは「除皮質姿勢」になるなどが大事なこと.

以上の組み合わせで、意識全体を見ようとしている。

心理学的な,精神的な,哲学的な解釈になると、
似たような単語でも解釈,内容が異なることになり不便.
基本的に,
「精神科疾患」「心療内科的疾患」
「人生の深い悩みに苦しんでいる」患者さんは,
独歩でトイレにもいくし,横になって寝て,寝返りもする.
そして,いつかまた起きる.

その時点で脳外科などからは,診療対象の疾患にならない.

要は「高次機能としての内容の変容は,
意識清明であるがゆえに起きる」ので,
脳挫傷の後,短気になって怒りやすくなっても,

決して,意識低下とは呼ばない.
それは「脳高次機能障害」と呼ばれています.

 

※「この人,おかしい」という表現には, 
「意識が低下している状態」と
「意識は低下していないが,行動,
  内容が常識から逸脱している」
場合に分けられます.

以上のような理屈で,意識は多くの要素からできていると言われています.

【質問】意識が複数の要素から成り立つのなら,
どのような要素が,意識全体を反映しているのですか?

Glasgou Coma ScaleGCS)は,意識を三要素にわけてます.
それらから,わかることは,単純化すれば,清明とは,
「目をあけて,正常に動いて,正常にしゃべる」ことになります.
この意識レベルの見方は,
「開眼」「言語」「運動」の三要素だけにしぼって,
意識を診ようとしたわけです.

他には2005年に発表された米国のスケール,
Full Outline of Unresponsiveness- FOUR Score
では,
「開眼」「運動の反射」「脳幹反応」「呼吸」の
4項目で,
0-4点で合計0から16点までで意識レベルを評価しています.

これはGCSでは評価できない,閉じ込め症候群,
植物状態も評価できるとされています.

大きな違いは「呼吸状態」が入っていて「言語」が入っていません.
運動の4点は,
「親指を立てられる. ピースサインができる」で,
かなり高度な要求にこたえられないとダメです.

親指を立てるなど,いかにもアメリカンな印象です.


【質問】意識レベルの見方,スケールは,いくつもあるようですが,
そもそもいつごろできたもの?昔からあったのですか?

   Glasgow Coma Scale(以下GCS)は,
   1974年にGlasgow大学から発表されました.

意識レベルを客観的に示すことが大事なのは,
皆がわかっていました.

それが,今のような形になったのは,
1974
1975年が始まりです.
日本からの
JCS1975年発表です.

その後も,続々と多くのスケールが発表されています.
それまでは,状態を文章で記載していました.

CT
が出来たのが1978年.時代が必要としていたということです.
大昔からではなく,高々40年弱の歴史です.

【質問】なぜ,意識レベルの診方のスケールができたのですか? 
作った目的は?

  答えは,
「世界中で,誰でもが,同じレベルの意識状態を同じように評価,
表現ができるようにしたかったから」です.
共通言語を作りたかったとも言えます.
世界中が交流しだして,共通の土台で,誰が見ても許せる程度の誤差範囲で,
同じレベルの意識レベルを評価できないと,
治療成績も客観的な正当な評価ができないために,
スケールが必要になったというところです.

発表や論文を客観的に評価できないと正しいのか,
そうでないかもわからない時代から,

医療界の住人が,世界の共通言語を獲得した時代へ
変化したということです.

それまでは,状態を文章で記載していました.
この程度の刺激には,このように反応して,
もう少し強い刺激には,別の反応などと書いていました.
その当時は,統計をとって,
有意差を調べることが大事とわかってきた時代です.
なるべく,主観的な誤差を減らしたかったわけです.

今でも,新人さんのいう「払いのける動作」はベテランからみたら,
除皮質姿勢だったりはします.

とにかく,そのような見方があることが大事です.

目的は,観察項目を3項目に絞って,
検者の負担を減らして,点数にばらつきが無いように,
記載がしやすいようにという目的で作られたものです.

しかし,GCSができた当時は,
目的にしていなかったことがあります.

それは,「急性期,受傷あるいは発症直後」や,
「遷延性意識障害の状態」の評価方法のつもりではなかったということです.

今のような,世界中の救急,脳卒中,神経内科,脳外科関係者が使用するとは,
思っていなかったようです.
オリジナルには「外傷の場合は
6時間後にみる」と記載があります.

さらに,脳卒中後の重症後遺症の「遷延性意識障害」に対しても,
この
GCSは使うことは想定されていません.

【質問】スケールが出来る前は,
  意識障害の程度をどうやって,記載していましたか?

記載方法は「単語」です.

半昏睡,昏睡ぐらいは,多くの人がわかると思います.
清明,傾眠もなんとなくわかると思います.

「傾眠」は,なんとなく意識が落ちている感じ,
これは,刺激を与えないといつの間にやら閉眼してしまう
状態が一番近いです.

問題は,次のレベルから,半昏睡までの間の表現です.
昏迷の定義は?

現実的には,物事は大体5段階に分けられます.
通信簿,アンケートなどほとんどが

評価法は,1-5です.

一番良いのが5で,一番悪いのが1です.
それで,普通が3です.
普通よりは良いけど,一番良いという感じはしない.
その時は,一般的に4をつけます.
普通よりは確実に落ちるけど,一番悪いわけではない.
となれば,2になります.

「清明」「傾眠」「昏迷」「半昏睡」「昏睡」
となるわけです.
「昏迷」は,なかなか診断困難で
「自発運動もしばしば認められる.

刺激に対して,追い払ったり,逃げたりする」
となっています.

他に,「意識不鮮明 ( confusion)」「嗜眠」「昏眠」などの
単語もありますが,混乱するだけなので説明はしません.

さらに,内容の変容に関しては
「譫妄」「急性錯乱状態」「意識朦朧」があります.

それらの解釈が,微妙にそれぞれの人で異なっているので,
観察項目をきめて,それぞれに点数を付けたらどうですか?
というのがスケールの基本です.

【質問】GCS, JCSなどが出来た利点は何ですか?
大きく変わったことは何ですか?

有名な,今となっては世界のスタンダードの作成者たちは,
「急性期の状態把握」のためではなく「何回もベッドサイドで評価」して,
「変化する状態」を検知して「昏睡の期間」を測定するために
作ったとされています.

要は,観察項目を作成して,
それを点数で書けば「文章で書かなくても済む」のが
大きい利点であったわけです.

【質問】意識レベルの見方,スケールはGCSだけですか?

  答えは,「結構,いっぱいあります.」です.

1975年には,同じイギリスから
Edinburgh Coma ScaleEdinburgh大学が発表.
これは,使われずに廃れてしまったと記載があります.
The Edinburgh-2  Coma Scaleというものもあります.
いまだに,こちらのほうが,あいまいさが無いので良い.
と言う論文もあります.

どちらにしても,ある状態を言葉で定義しています.

他にも,各地の大学から地名入りのScoreは提唱されています.
モスクワからもでています.

2010
年の論文では,「合計14の国と地域からScaleがでている.
しかし,
GCS以外は,その国以外ではほとんど使われていない.」と
書いてあります.

日本での,ご当地スケールはJCSです.
これは,
1975年に
脳卒中学会で最初に発表されました.
その当時は,脳動脈瘤の早期手術が行われだした時代.

SAH
になって3日目以内に手術をするとどうなるか?
2週間待機してからの手術と比べて
成績は良いのか?
その時の,意識レベルの変化を診るために開発されたものです.

だから初出が「脳卒中学会」になるわけです.

多くの,似たようなスケールが発表されて,
その中で
GCSが生き残ったということです.

実際,いろいろ見ても「耳で聞こえるものに反応する」などいくつか,
似て非なる観察項目があったりします.
それらの中では単純で,なんとか覚えることが出来るので,
それが
GCSの利点と思います.
だからこそ,世界標準になったわけです.

【質問】GCSの利点,欠点は?

ところで,GCSはいくつかの欠点が指摘されています.
統計では「評価者間一致率は55-75%」となっています.
4割が,見る人によって異なる感じです.

最初のGCSの定義では,
E
1-4, V:1-5, M:1-6の各部門の点数を合計して,
6点が12点になり改善などという使われ方は,
全く意図していなかったとされています.
それが役に立つ使い方とされたのは,
1979年です.

そして,急な時期の評価に使える.
合計点で改善の経過が追える.
その二点を示した報告,論文がでたからです.

点数の組み合わせは120通りです.

E1 V1M68点はどうですか?
痛み刺激で目も明かない,言語による応答もまったくない.
しかし,命令に従う状態は?
「覚醒した,意識清明状態である」と思われますが,
奇妙な組み合わせもでてくる可能性があります.

これは,また別に詳しく説明します.

【質問】植物状態にも使えますか?

答えは「使用できません」です.
いわゆる「寝たきり」,
「植物状態」に,使うように開発されたものではありません.

植物状態という状態も,昔はまだ正式には定義されていませんでした.
定義されたのは,
1972年.
運動,感覚だけでなく,精神活動も障害をうけている状態.
呼吸,心臓,消化管などの自律神経系は保たれている状態.
自律神経系は
, 以前は植物神経と呼ばれていました.
水と太陽,栄養を与えたら,ずっと生きていく本物の植物とかけて,
「社会的」に定義された言葉であり,

人間が,本物の植物になっていくわけではないです.

意識レベルをみるために,人類は何を選んだかというお話でした.

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