何かをしても,何もしなくても時間は過ぎる

時間は,過ぎていく

当たり前のことであるが,3日経てば3日過ぎる.
その間,何をするか?
日頃の生活のおかげかどうか?
診てきた患者さんの疾患のせいか?
目の前のすべきこと.
非常に長期的な期間の考えなどが身についた.

親戚のおばさんの夫は脳卒中で植物状態で13年間存命した.
それを「長生き」したとよぶかどうか?

意識がなくなって長期間存命することは重要ですか?
多額の年金をその植物状態の人がもらっている場合は,残された周りの人には
重要という場合もある.一面的な解釈はすべきではないとは思う.

問題は自分自身の話.
植物状態で13年間存命と健康な生活が12年11か月で病気が1か月で死亡と
どちらがいいですか?

人間が長生きするということは,
「いろいろなことをする」ことである.

植物状態では,一つのことしかできない.存命すること.

意思の疎通もなく,経管栄養で尿便失禁ぐらいである.

それでは,人が生きると書いて「人生」とすると
その状態は,人生を送っていることにはならない.

良く聞くアドバイス:
「そんなことをするのには,3年間はかかるよ.」
「今頃から,そんなことをしても,もう遅い」

自分の意見:
過ぎてしまった時間は「アッという間」である.
過去の学生時代,各病院で働いていた期間,
留学期間,結婚してからの期間,
すべてが,あっという間である.
3年間などは,ほんとにあっという間である.
その3年間かけて,したいことがあって,獲得したい技術,資格があれば,
何歳になってもすればよい.
「何かをすること」が「人生」である.

60歳台のひとが,「このままでは死ねない」とよく言う.
それは,多くのアドバイスを聞いて,真に受けて,
ほんとにやりたいことを
やれなかったからであろう.

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