Drift and Diluted life 漂うような,薄まった人生

別に,上から目線ではないが,

自分のしたいことをしたい時にするのが人生と思っている人がいる.

その人の特徴は,
したいことが,努力が何カ月が必要なら,
それは「したいこと」から自然に,なんの抵抗もなくすべり落ちること.

あたかも,それは初めからなかったかのように.

「成し遂げる」「何かができるようになる」などは,
システムもソフトも頭に組み込まれていない人が実在すると
最近わかった.

日本は老人国になろうとしている.
それは,仕方がない.

若い時でも,年取っても,漂うような人がいる.
自分の出来る範囲で,したいことだけが,人生と思っていると,
ある程度,社会で「責任者」と呼ばれる年齢になるとつらい.
40代,50代は,「つらいさかり」であろう.

その人たちの対策方法は「やり過ごす」である.
周りもあきらめて,相談もしない.
以前は,これが,本当の窓際族と呼ばれていた

60代になって,はじめて,責任者から外れるので,
周りが助かる.本人もほっとする.
「自分のしたいことができる」ので.

その人は良いが,その周りの人,その人の属する部署は
その人がいる間中,効率が上がらないので,困る.

人生を薄めて,気晴らしだけが楽しみの漂うような人生.

それも楽しいとは思う.

パチンコ台の前に座り続けて,
やり続けるうちに毎日が終わるような人生も実在する.

希望は,そのようなメンタリティー,人生観の人が
自分の「仕事の中」にはいって来ないことを祈るだけである.

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