脳外科勉強会その2 tPA 4.5時間になってからの変化

tPAは普及しました.

今回は,tPA投与が脳梗塞発症から

発症から4.5時間まで使用可になって,
その後のお話です.

2005年から,tPAは脳梗塞発症3時間以内のみに
使用が認められていました.

2012年8月31日に,tPA投与時間が発症から
4.5時間までに延長されました.

さらに,2012年10月に追加項目がありました.

変わった点を主に説明します.
さらにその後の最先端の状況の説明をします.

その前に,基本的な知識を説明します.

【質問】 tPAはウロキナーゼと,どう違うのですか?
     血栓溶解剤としてはどうなのですか?

 tPAは,血塊,血栓の中のfibrinに特異的に結合します.
 血栓の中のplasminogenを活性化させるので,
 血栓溶解作用は,ウロキナーゼの50倍と言われています.

血管内手術では,いまだにウロキナーゼが使われていますが,
それは値段の問題と,保険収載の問題からです.
ウロキナーゼは1バイアルが6万単位です.
保険診療では1週間連日一日1バイアルの使用が,
認められています.
1週間で合計7バイアルまでは,使えます.

ということは,血管内手術で血栓溶解の場合,
一度に3バイアル使って血管が再開通すれば,
後は使う必要がありません.
最初の一週間で7 バイアル使っていないので,
保険診療内でおさまるという
ことで拡大解釈で保険に通ります.

tPAは,一時は血管内手術でも使用されたりしていましたが,
3時間以内の静注で,血栓が溶けるという薬扱いになり,
使われなくなりました.

しかし,何とかして再開通の率を上げたい施設では,
ソケイ部にDSA用のシースを留置しておいてから,
tPAの静注をして,1時間で再開通しなければ,
血管内手術を行うというところもあります.
その時はすでにtPAを使っているので,
必然的にウロキナーゼを使います.

今は,血栓回収のデバイスが発達,工夫されて,
tPAで,溶けなければ「血栓を獲りに行く」が
基本になりつつあります.

【質問】そもそもtPA使用が3時間以内だった理由は何ですか?

 以前から,tPAの静注,動注で劇的に効果があることが
時に報告されていました.
  まず,米国で6時間以内に投与したらどうなるかの
臨床試験が行われました.
結果は無効というか,まちまちで,どうも「早期」に使えば,有効ではないかと考えられていました.
そのころヨーロッパでも,6時間, 5時間でははどうかと
臨床試験がされつつありました.
しかし,米国が3時間以内に比較的大量に投与すれば,
症候性の出血率も6%ぐらいあるものの,
ほとんど症状なしまで改善する率も40%近く
出ることを発表しました.

この時のデータは,「発症3時間居ないなら」
「tPA使用例の39%の患者がmRS 0と1の率で,
プラセボを用いた時のmRSの0と1の率は,全体の26%」という結果です.
死亡率はtPA使用群が17%とプラセボ群で21%
いう結果です.
この臨床試験の結果で,
tPAを3時間以内に使用すれば効果があると正式に
認められたわけです.
1995年の研究です.
米国では1996年に認可されました.

【質問】mRS とは何ですか?

modified Rankin Scaleの略号です.
脳卒中の予後を示す指標としては,
最近はこれに統一された感じです.
日常生活のADLに対する評価なのでわかりやすいです.

一般的には,
mRS 3点が「何らかの介助を必要とするが,
歩行は介助なしに行える」
が中ぐらいの予後になります.

介助の定義は「手助け,言葉による指示および見守り」
とされています.
この場合の歩行は,平地での歩行です.
「歩行のための補助具(杖,歩行器)の使用は
介助には含めない.」
となっています.
杖を使っても,歩行器を押しても
「自分一人で,歩いたら良いと言うことです」

さらに 3点では,
「買い物,公共交通機関を利用した外出などには介助を
要するが,通常歩行,食事,身だしなみの維持,
トイレなどには介助を必要としない.」
とされています.

要は,自分で杖など使って,
トイレに行って帰ってこられたら3点になります.
トイレに行くにも手をかさないといけないと4点に落ちます.一応,mRSを列挙しておきます.

0から6の7段階の評価です.

0:全く症状がない.
1:症状はあっても,明らかな障害はない.
 日常の勤めや活動は行える.
 活動に制限がない.

2:軽度の障害:
    発症前の活動がすべて行えるわけではないが,
    自分の身のまわりのことは介助なしで行える.

3:中等度の障害:何らかの介助を必要とするが,
        歩行は介助なしに行える.

4:中等度から重度の障害:歩行や身体的な要求には介助が
             必要である.
5:重度の障害:寝たきり,失禁状態,常に介護と見守りを
        必要とする.
6:死亡

ところで日常生活の自立度の判定なので,
発症時のmRSは何点で,3か月後は何点とするのが
正しい使用法です.
臨床研究では,発症前は0点で
脳梗塞初発の患者さんが対象です.

発症前に6点,要は死亡の人はいません.

脳梗塞で寝たきりの人に新しい脳梗塞が出来た場合,
寝たきりが,より手のかかる寝たきり状態に増悪すると
いうことがあります.
死亡しなければ5点が5点のままという評価になります.

そもそも,
「寝たきりの人にtPAを救命のために使用する」
という臨床試験は計画されていません.
現実的には,脳梗塞初発で,
発症前は社会生活もしてmRSは0点が
すべての臨床試験の想定されている患者群です.

実例としては,
1年前の軽度の脳梗塞でmRS 2点ぐらいの
日常生活を送っている人が,
内頚動脈閉塞でmRS 5点に落ちて,
開通しなければ,3か月後には5あるいは6点になる
可能性が高ければ,発症時は5点で再開通して,
新しい脱落症状が出なければ,
2点まで回復したということになります.

新しい脳梗塞に対しては100% 臨床的に効果があれば,
2点の人が5点に落ちて,3か月後は2点に回復という
経過になります.
それが0点にまで,回復ということはあり得ません.

禁止項目に「3か月以内の脳梗塞」という項目がありますが,これも2012年10月発表で変更されましたので,
注意してください.

【質問】日本でも3時間なのは,
    米国の臨床試験の結果からですか?

日本では,その当時の厚労省の考え方で,
「他の国で認められたら,日本でも臨床試験を行ってよい.それで結果が良ければ,日本でも認可する.」
というものでした.

日本でのtPAの臨床試験は,
厚労省の困難な要求のもと,4つの臨床試験が並行して
行われていましたが,
大出血死亡例が出たりして中止になったりしました.

それでも,米国の結果を踏まえて,
「3時間以内に投与する」という時間制限は
米国と同じで,
投与量は米国より少し少なめで,
改善率も少し落ちますが,
致死的な出血になる率が低いという
臨床試験(J-ACT)を2004年に行って,
厚労省に資料を出して,
ようやく2005年10月に認可されました.

米国から遅れること9年です.

現場では,これでは日本の医療が
世界に遅れると不満が充満していた時期です.

【質問】日本と欧米では量,時間は違うのですか?

量は異なり,時間は同じです.

日本での臨床試験:J-ACTは,
tPAの投与量は,0.6 mg/kgです.
欧米は0.9mg/kgです.

日本での投与量は欧米の2/3です.
「発症から3時間以内に開始する」という
デザインは同じです.

日本での結果は,投与群で
mRSが0-1点は37%でした.
米国のmRS0-1点の率は投与群では39%で,
投与しないグループで26%でした.
日本の臨床試験での死亡率は10%で,
米国の17%よりは大分低いです.

日本では,プラセボでtPA投与しないグループの
データはありません.

米国の結果と比べると,
投与しない群よりは11%良好な結果で,
死亡率は7%低下させたことになります.
良くなる人の率が37/26で1.4倍に増えて,
死亡率が7(17-10)/17=0.41で41%減少した
という成績です.
まとめると
「日本の決めた投与量では,
投与しない場合に比べて,
よくなる人が4割増えて,
死ぬ率が4割減少した」となります.

米国での投与量は,
「よくなる率は日本より高いけど,
死亡率はあまり減少しない」
となります.

症候性出血の率は,
米国6.4%で,日本5.8%とあまり変わりません.

米国式の「ハイリスク,ハイリターン」と
日本式の「ミドルリスク,ミドルリターン」の
結果の違いは国民性の違いです.

「tPA使用して出血で死ぬこともある.」
という説明ができないと使用してはいけないと,
最初は言われていました.

現場でその説明を聞いたとたんに,
「万が一でも死ぬような治療はやめていただきたい」と
tPA使用を拒絶した家族もそれなりにいました.
特に田舎では多かったように思います.

「全く無症状までよくなる確率が上がる」という点と
「時に,致死性の大出血になることもある」という点を聞いて,どう反応するかは国民性の違い,医療保険制度の違いです.

植物状態になっても延々と保険診療が効く日本と異なり,
治療費が実費の米国では,
「稼げるまでよくならない限りは,死んだも同じ」
という考え方が,基本です.
米国の保険会社の脳梗塞のカバー期間は
10日間というものに入っていた人を知っています.
後は,薬もリハビリも「自費」になると
植物状態で何年も長らえると,その家族は
大抵,破産します.

純粋に医学的には,「投与量」は,
ある程度のところに最適量が
あるだろうとわかります.

時間は3時間以内 は,意図的な決定です.
本当に効果があるのは,何時間までかは2004年では
判明していません.

少なくとも3時間以内の臨床試験では,
tPAを使ったほうが有利な結果ということです.
現場としての欠点は,
やはり時間制限で脳梗塞全体の2-3%程度の
患者にしか使われていないとデータがあります.

もう少し時間制限が緩んだらよいがというのが
現場の声だったわけです.

【質問】3時間では有効で6時間では無効なのは,
データがあるのはわかりましたが,
すでに米国では5時間でもあまり効果ないという
データがでているのに,「4.5時間」という
中途半端な時間は,なぜでたのですか?

3時間以内の投与では有効は証明されました.
6時間では無効,あるいは一部有効なのは,
欧州のECASS-IIという1998年の
620例の臨床試験でも証明されて,
症候性脳出血は8.8%と高い数字でした.

3時間では有効で6時間では一部有効な症例もある
というところまで判明はしていました.
それなら,4時間では,5時間ではと
小刻みに調べていくのは大変な労力がいります.

そこで,欧州ではECASS-IIIという3時間から4.5時間の間にtPAを使用した臨床試験を行いました.

3時間以内ではなく3から4.5時間の間に
使用した症例では有効例があるかどうかです.

それで安全性と有効性が証明されました.
実際は,3から4.5時間の間に投与したものと
してないものの予後の差は,
3時間以内に使用した症例と使用しなかった症例の
予後の差よりは,あまり「差」は無かったですが,
統計処理をして,「有意差」ありとなりました.

すでに5時間では差が出ない論文を出しているので,
「効果が期待される」ぎりぎりの時間と言う印象です.

このデータをもとに,
欧州では2009年にガイドラインで
4.5時間以内とすることになりました.
それをもとに,米国,カナダも2009年に,
オーストラリアも2010年に4.5時間となりました.

欧州は自分たちでガイドラインをだして
使用時間を拡大しましたが,
正式には15か国で2011年11月に保険承認されました.
それが世界標準となったわけです.
日本は2012年8月31日の緊急報告からなので,
今回は欧州に遅れること1年です.

【質問】最初は米国で認可された結果を受けて,
日本独自の投与量で,
3時間以内開始で臨床試験をしたのに,
「4.5時間までの延長」は,
臨床試験をせずに認可されたのか?

抗けいれん剤も,片頭痛の薬も諸外国で認可されたので,
それから日本でも臨床試験をしてから認可というシステムで,10年から20年は認可が遅れていました.

臨床試験を欧米と同じ計画で行うと,
同じ結果になることがわかりました.

ということは,日本で繰り返す必要性は
ないことになります.時間の浪費です.

これでは「医療先進国」 らしくないことになります.

厚労省も考え方を3年ほど前から変えています.
それまでは,「米国,ヨーロッパで認可された薬を,
日本でも臨床試験をして,それから認可」
という考え方でした.

それが,外国で認可されたのなら,
そのデータをもとに専門学会の
検討委員会で検討して,
「医療上の必要性の高い未承認薬,適応外薬検討会議」
に要望して,薬事・食品衛生会議で,事前評価されて,
「公知申請を行っても差し支えない」とされたら,
日本で新たに臨床試験を行わなくても,
その薬を使用してもよいとなりました.

新しい道が開けたは良かった話です.

その道筋になったベースは,
各疾患の診断と治療のガイドラインが
学会などからたくさん出たことによります.

それらに推奨レベルを記載しますが,
外国の文献からも,もちろん引用するので,
「保険未収載でも,
ガイドラインで推奨されていたら使う」
ことになります.

そうなると,結果がフィードバックされてきて,
「使える」ことがわかります.
それで,学会レベルの検討会で,
要望書を提出するということになります.

ガイドライン作成には労力がかかりますが,
作ってしまうと,その先は比較的,
早く次の道が開けるような印象をもっています.

【質問】何故6時間,
    12時間では無効で使用禁止なのですか?
    無効といっても,薬なんだから,
    少しは良くなるのではないですか?

【質問】そもそも6時間後でも,12時間後でも,
    再開通したら良いことが起きるのでは
    ないですか?
    どうして,出血したりするのですか?

 これは,一般の人,患者の家族からよくある質問
 第一位です.

 何時間たっても,何日たっても,閉塞した血管は
 開通させてあげないといけないのではないか?

 石油パイプラインが閉塞して
 工場の生産が止まれば困る.
 懸命の復旧作業で1か月後に再開通してよかった.

 という考えと同じです.

この例えで行くと,原油が来なくなると,
工場が稼働しないのではなくて,
工場自体が壊れてしまうということがわかりません.

何か月も後に,パイプラインが再開通した時には
工場は跡形もなくきえてしまっていることになります.

血管は,工場に原材料の原油のみを送る管ではなく,
工場で働いている人,機械に酸素を送っている管に匹敵します.
酸欠になって人間はすぐに死んでしまいます.
酸素がなければ,火も起きず工場は稼働しません.

人間が死滅した後,酸素が送られても,
工場は決して再稼働しません.

長時間の閉塞後に再開通しても,
脳の機能が戻らない理由は,
おもに二つあります.

1)血液がいかなくなると,
  脳の細胞が死んでしまう.

6時間虚血が続いた後で再開通しても,
一度死滅した脳細胞が
生き返ることはありません.

窒息で死亡した患者さんに6時間後に
酸素を大量に与えて生き返ってくれるなら,
医療は楽ですが,そうはいきません.

脳細胞はある意味,特殊です.
酸素とブドウ糖だけで活動しています.
果糖などは,全く使っていません.

血流が途絶えると,途端に低酸素,低血糖になります.
低酸素,低血糖では5分ぐらいで
大脳皮質の細胞は機能停止します.
脳幹の細胞は20 分ぐらいは持ちます.

低血糖発作でも,低血糖状態が長時間になると
高次機能がおちて,
遅れて糖を静注しても,植物状態になるのは
そのためです.

要は,脳幹の細胞は生きて,
大脳表面の細胞は死滅する状態です.

それでも,ある程度の時間が経過しても
死滅しないことがあるのは,
「側副血行路」からの少量の血液が
供給されていることがあるからです.

それも,長時間は持たないので,
6時間虚血が続いて,再開通しても
高次機能などは,
改善しないということになります.

実例では,MRI, CTでは,広範囲の脳梗塞があり,
MRAやDSAでは血管は全く閉塞していない画像が
得られることが時にあります.

それは細胞が死滅した後に,
血管が再開通している状態です.
木が生えていない枯れ山に
川が流れているような状況です.
あるいは,砂漠にパイプラインだけが
通っているような状況です.

2)時間が経過して再開通すると,
    出血する確率が上がります.

これは,一般の水道管などを想定すると,
理解困難な状況です.

水道管は金属で,壊れません.
水が通らなくても,
中が詰まってしまっても形は保たれます.

しかし,脳の血管は生きた血管壁の細胞から
なっています.

血管壁の細胞も血液から酸素とブドウ糖を得て,
機能を維持しています.
血管の中に血栓ができると,
その先の血管自体への血流がなくなります.
そうなると血管壁の細胞の機能は
時間とともに落ちていきます.

血管の最内層の血管内皮細胞は,
血液が固まらない物質を出していますが,
それも出せなくなります.

時間とともに,どんどん血栓は広がっていきます.

そして,血管壁の細胞も機能低下後に,死滅します.
血管壁自体が破綻をきたすということになります.
神経細胞よりは虚血には強いですが,限界があります.

それでも太い血管は内膜,中膜,外膜と機能があるので,
壁が壊れることは少ないです.
しかし,そこからの穿通枝は壁が薄い,
要は細胞層が薄いので,
壁自体が破綻します.

その時点で再開通すれば,
壁が裂けて出血することになります.

その時点でtPA投与した後であれば,
血液はサラサラで固まりません.
一度,出血してしまえば,
大出血になる確率が上がることになります.

閉塞時間が長ければ長いほど,
血管壁はもろくなるので,
その時点で再開通すると大きな血腫を形成して
脳を圧排してしまうことになります.

脳梗塞の浮腫に加えて
血腫による圧排で脳ヘルニアを
起こしてしまうことになります.

開頭血腫除去をしようとしても,
tPAのため血液はサラサラですので,
ほぼ不可能です.

ということで,広範囲の脳梗塞に加えて,
巨大血腫が出来てしまえば,その治療は
不成功で残念な結果になります.

tPA使用して大出血になった例は,
3時間以内が適応の時でも,
3時間ぎりぎりの症例が多かったことが
統計で出ています.

使用時間までが短時間であればあるほど,
効果も高く,出血率も低いことは
統計で出ています.

まとめると,血流がいかなくなると,
分単位で,脳の細胞が時間とともに死滅する.

さらに閉塞した血管の壁自体も
崩壊していくことの2点から,
「Time is Brain」と強調されているわけです.

【質問】発症から短時間にtPA使用したらよいのは
        わかりますが,
       実際はどれぐらいの時間で
       使用しているのですか?

 tPA使用している病院の多くのデータでは,
平均2時間40分後ぐらいの使用となっています.
平均2時間以内は困難で到達不可能と考えています.

院内発症例について私の経験です.
循環器科から目の前で発症したと連絡を受けて,
採血してもらい,MRIを撮って閉塞を確認して,
ICUに移動して家族に説明してなどを
行った後で開始しました.

発症後から1時間30分ぐらいかかりました.
おそらく,目の前で発症しても
発症1時間以内に投与は,
できないと思います.

最短で医師の目の前で発症して,
tPA担当医師が目の前にいた場合で
1時間半を切れるかどうかです.

その患者さんは,投与して1時間15分後に
麻痺が完全に消失しました.
遅れて到着した家族にベッドサイドで,
経過を説明している最中に,
初めのうちは動かなかったのが,
説明の終わりごろに,
突然手も足も上がりだしたのには驚きました.

【質問】tPAを使用するのに,
    最も使用までに時間がかかる要因は
    どんなことですか?

  以前は,「採血の結果待ち」と
  「家族への説明」が二大要因でした.

最近は,tPA用の採血セットが多くの病院で作られて,
20分もすれば判明することになりました.

次の問題は,同意書をもらうことです.
患者さんは救急車で早く到達して,MRI,採血も済んで,
tPAの投与量も計算できても,家族が遠方からゆっくり来ては,説明が出来ずに使用できないことがあります.

また家族が「じっくり検討させてください」などと
答えた時点で,もうタイムアウトです.

日本は,和をもって尊しとなす民族なので,
みんなで決めるのが基本です.
悪い言い方をすれば「連帯責任は無責任」です.

説明の後で,
「時間もないので,自分の判断で決定して,
その結果の全責任は自分が負います」と
答えてくれた人は,ごくまれに存在しますが,
ほんとにごく稀です.

ヘリコプターで患者はすぐに来て,
家族が車で3時間かかるなどは,
途中の電話で説明しても,
まず,はっきりした回答がえられることは,
なかったと思います.

画像も見ず,患者の状態もわからず,
医師はなにか必死で,時間がないことを説明しても,
車の中の親族は自分に降りかかる後の責任を感じて,
問題を先送りするのは仕方ないことでは
あります.

今後の課題です.

【質問】病院に到達してから,投与までの時間は
    どれぐらいですか?

 これは,多くの統計がでています.
 有名どころの国立循環器病センターでも,
初期は,なかなか70分を切れませんでした.
 多くの病院が,到着後60-70分あたりの時間で
投与まで到達しています.

それで行くと発症2時間以内には,
病院に到着していないといけません.
 いかにハードルが高いかです.

※しかし,4.5時間に延長されても
「来院後1時間以内の開始が望ましい」
という文言が加わったおかげで,
「外来で体重を測定,MRI,CTの結果で
すぐに,外来で最初の10%を投与する」など
工夫を重ねて,多くの病院が1時間以内を
達成しています.

【質問】4.5時間に延長されたことで,
    最大の注意点は何ですか?

発症から,短時間での投与が成績のよく,
出血の率も低いのは事実です.

緊急声明では,
「発症後4.5時間以内であっても、
治療開始が早いほど良好な転帰が期待できる。
このため、患者が来院した後、
少しでも早く(遅くとも1時間以内に)
アルテプラーゼ静注療法を始めることが望ましい」
という文言があります.

来院後1時間を切ることは各病院が苦労している状況で,
この文言はなかなか大変です.

出来る限り最短時間で投与するようにとのことです.

4.5時間に伸びたから,のんびりするかと言う
発想ではなく,発症2時間以内に到着していないと
使えなかったのが,
発症3時間半以内の到着なら
使えるので努力するようにという意味です.

【質問】4.5時間に延長されたことで,
禁忌,慎重投与はどう変わりましたか?

原則的に,禁忌は項目として追加はありません.
要は,3時間では禁忌ではないけど,
4.5時間の時は,禁忌になるという項目は
ないということです.

しかし,慎重投与は,記載があります.
「発症後3-4.5時間に投与開始する場合、
 慎重投与のうち、

特に「81歳以上」、
  「脳梗塞既往に糖尿病を合併」、
  「NIHSS値26以上」、
  「経口抗凝固薬投与中」に該当する場合は、
   適応の可否をより慎重に検討する必要がある。」
と書いてあります.

もともとの「慎重投与」は,年齢は75歳以上でした.
「より慎重」とはどんな慎重かよくわかりません.

高齢者なら,tPAの投与量を減らすようになどの
指示は出ていません.

抗生剤などでは,高齢者なら量を減らすなどの指示が
添付文書にありますが,
tPAに関しては,明文化されていません.
投与方法も厳密に決められているので,
ゆっくり投与も考えられません.
高齢者に多い腎機能障害も一切記載はありません.

「NIHSS 26点以上」は,
もともとの慎重投与は「23点以上」であったので,
さらに重症では注意を要するということになります.

NIHSSの最高点は40点になります.
四肢完全麻痺なら
失調の2点のところが0点になりますので,
40点が最悪です.

投与前の状態が悪ければ予後も不良なので,
注意を要するとなりますが,
使うか使わないかの
基準点はなにか不明です.

「経口抗凝固薬投与中」は,
閉塞時間が長ければ出血する率が上がるので,
PT-INRが1.7未満でも,1.5だったりすれば,
それにtPAが加わって,
そこで出血すればほぼ致死的になるので,
これはわかります.

むしろ3-4.5時間で投与する場合は,
PT-INRが1.4以下などの具体的な数字を
書いてもらえれば,現場はたすかります.
とういか責任逃れができます.

全体の印象は,
「現場で考えてください」という感じです.

現在,tPA使用のターゲットは
80歳代の人と言われています.

それは,80歳以上になると
血管の拡張蛇行で血管内手術も
困難度が上がるからです.
できれば,tPA静注で治療したいわけです.
それで「より慎重に」となるわけです.

【質問】4.5時間になったら,対象患者は,
    どれだけ増えるのでしょうか?

統計では,
1.5倍にはならないだろうといわれています.

恩恵を被るのは,
田舎で病院までの距離が遠い地域の人たちですが,
5割増しにはならないだろうとの予測です.

tPAは,救急隊員で知らない人はいません.
どこの病院で施行しているかもリストがあります.

しかし,田舎の住民には知られていません.
一日待ってよくならないから救急車でくる
患者さんも大勢います.

【質問】他に変化のあった通達内容は何ですか?

これのほうに,重要な項目が入っています.

2012年10月に適正治療指針の変更点が出されました.
(1)従来は,3か月以内の脳梗塞(TIAは含まない)は
   禁忌でした.

それが,1か月以内の脳梗塞は適応外と変更されました.

注意書きで
「最近の出血性変化が残っている場合は
1か月を過ぎていても適応外」となっています.

 これは,tPA後に頭蓋内出血を来した例の7割が,
前回の発症から10日以内の再梗塞の場合となっています.

前回の脳梗塞から1か月以上経過した例に
tPA投与しても,その部分に出血性変化となった
症例はないことから,
このような変更になりました.

脳梗塞は何の再発予防もしなければ,
年間9%は再発します.
それがバイアスピリン,プラビックスの併用で
2-3%まで再発率が
下がっているのが現状です.

「脳梗塞は再発するもの」なので,
今後は,1か月以上前にあっても禁忌ではないので,
使用が可能になったのは良いことです.

(2)     胸部大動脈解離が疑われる場合は適応外,
胸部大動脈瘤がある場合は慎重投与

もともと,胸部大動脈解離や胸部大動脈瘤に関しての
禁忌,慎重投与の記載はなかったのです.

しかし,これは2007年7月6日付の添付文書が改訂され,
すでに,警告欄に「胸部大動脈解離あるいは,胸部大動脈瘤を合併している患者では,適応を十分に注意すること」
となっています.

胸部大動脈解離から内頚動脈壁まで解離して
脳梗塞になる例は5%程度あります.

脳卒中センターなどでは,年間に1-3例ぐらいは,
経験するものです.

2007年時点で,胸部大動脈解離からの脳梗塞に
tPA投与して10例が死亡しています.

それらのことから,慎重投与項目に追加になりました.
疑うのは神経症状ではなく,
「胸痛,背部痛」
「血圧低下,特に上肢血圧の左右差が20以上ある場合」
などです.
その時はCT,特に造影CTを撮れば診断がつきます.

(3)     変更された文言は,
「抗凝固療法中,凝固異常症でPTINR>1.7もしくは,
APTTが前値の1.5倍(約40秒を超える)は適応外」
となりました.

それまでの文章は,
「ワーファリン内服中PTINR>1.7,
ヘパリン投与中APTTの延長ありは禁忌」となっていました.

この項目は,新しい抗凝固薬ができたことで,
「ワーファリンのみ」の記載では
カバーしきれなくなったので,変更されました.

ワーファリン,ヘパリンともに古典的な抗凝固薬です.

心房細動のガイドラインでは,
INR目標値は70歳以下で2.0-3.0,
70歳以上では1.6-2.6を推奨しています.

その結果で,
その目標値にコントロールされている時間
(INR至適範囲内時間)は70歳以上では80%,
75歳以上では75% であるが,
70歳未満では50%未満であるとの報告があります.

以上の結果からすると,PTINRが1.7以上は,
通常のコントロールをしている
ということになります.

新しい抗凝固剤は,
ダビガトラン,リバロキサバン,アピキサバンです.

それぞれの説明ですが,
ダビガトラン(薬品名:プラザキサ)は
心源性脳塞栓予防で,ワーファリンと同等か少し有効.
出血リスクも軽減するとされています.2011年3月発売.

直接的なトロンビン(血液を凝固させる)阻害薬.
問題点は,正確な薬効モニタリングになる採血での
指標がないこと.
APTTがある程度,効果を判定するといわれています.
1日2回内服が必要です.
APTT(活性化部分トロンボプラスチンタイム)は
血管内の凝固因子の指標になるので,
これがダビガトランの効果をある程度反映すると
されています.
服薬直後のPT, APTTは正常を示す可能性があります.

そして,内服後1-4時間で血中濃度が最高になるので,
脳梗塞で来院したら,服薬時間の確認が必要です.

半減期は12時間.

となると,服薬直後の半日は,
tPA使用のリスクが利益よりも高くなる可能性が
指摘されています.

変更された文言は,
「抗凝固療法中,凝固異常症でPTINR>1.7もしくは,
APTTが前値の1.5倍(約40秒を超える)は適応外」
となりました.
APTTの数字が記載されて,わかりやすくなりました.

(4)75歳以上は慎重投与から81歳は慎重投与に.

これは,81歳未満とそれ以上で比べると,
症候性頭蓋内出血の率は同等.

しかし,81歳以上の患者さんの転帰が,
それ以下の患者さんと比べて,不良であったため
このような文言ができたと思われます.

要は,余力の問題と思われます.
80歳未満の患者群では,このような年齢ごとの比較で,
予後が不良になる報告がないため,
このような文言ができた様です.

当たり前ですが,95歳ではどうですか?
100歳ではどうですか?となります.

いくら慎重投与でも医療側も家族側も
そこまではしないと思います.

(4)     心筋梗塞に関しての記載はありませんでした.

「3か月以内の心筋梗塞は慎重投与」になりました.

 米国のガイドラインでは,「3か月以内の心筋梗塞は禁忌」
とありましたが,今回,日本では慎重投与になりました.

米国では,3か月以内の心筋梗塞患者にtPA使用して,
心臓破裂の報告が4例あったので禁忌になりました.
日本でも心筋梗塞6日目にtPA使用して,
心破裂になった報告があるようですが,
原本にあたれていません.不確実情報です.

心筋梗塞にも,tPAは6時間以内の静注で
保険に認可されています.
そこには,「心破裂に注意」と書いてはあります.

【質問】tPA投与したら,
    どれぐらいの時間で血栓が溶解して,
    再開通するのですか?

データとしては,1時間以内が大半です.
それで再開通していなければ,
しないままの確率が上がってきます.

いくつかの臨床試験では,tPA投与して
1時間後にMRAを撮って
再開通したかどうかを確認するところもあります.

中には,症状は改善しても,
内頚動脈本幹,中大脳動脈本幹が
閉塞したままの状態の人もいます.

血液がサラサラになって周りから血液が入ってくることで,
症状が改善するケースです.
再開通しなければ,
血管内手術に移行する施設もあります.

血管内手術の適応時間も,
発症6時間から8時間に延長されています.
血栓除去のデバイス,道具も保険に認可され,
局所血栓除去,溶解術も成績が上がっていますので,
tPA投与1時間後が,まだ発症8時間以内なら,
挑戦している施設もあります.

PS:

今回は,4.5時間に延長されたことによる,
変更項目を説明しました.

最大のポイントは,
「来院したら1時間以内に投与」です.

 

PPS:これは,2年前の講義録などから抜粋です.
長い長い文章で,すみません.

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