常に、近所の人と喧嘩をしている人などが昔からいる。
一見、まともな日本語をしゃべっているように聞こえるが、意味不明な人がいる。
新聞ネタなら、
子供のころの飼い犬を保健所で殺されたから、関係役所のトップおよびその妻を
殺害して「これからも悪魔を殺す」と裁判で自分を信じて発言する人。
そんな人には、日本語でいくら話をしても、お互いの意思の疎通はない。
今日は、1年以上入院して入院費用を払わない家族
それと、なんでも自分の意見と違う意見は、間違っていると周りを責める患者さん
などと、普段はなかなか遭遇できないグループに二つも遭遇したので、
非常に、お勉強になった。
相手を責める人は、自分の感想では「父親像がない方に多いでしょうね。」というと
先生はするどい「あの人の父親は、小さいころになくなっています。」とのこと。
父親がなくなってなくても、家に帰らない。
要は,父親像が全くないヒトには,一定の特徴がある.
母親は「生存に必要」なのは,皆わかる.
それなら,父親は,何について必要なのか?
答えは「社会性に必要」が答え.
集団社会での適応力,物事の遂行能力,解決能力,
物事の落としどころを決める力などに必要.
さらには,「責任感」あるいは「責任の取り方」の学習に必要.
要は,社会生活をするのに必要な能力を獲得するには
「父親」が必要となる.
「父親」は「社会人になる,あるいは集団生活をする」モデル
を提示しないといけないことになる.
それが,無いヒト,最近の子供には非常に多いが,
父親が,社会性のモデルということになる.
それが無いヒトが増えているということになる.