自分は,古い世代に属する.
あるとき,学生が「レポートは,直筆でないとダメ」
と言われていた時があった.
1990年頃.
ようは,ようやく,ネットが出てきた頃.
それをコピーして切り貼りして,症例報告も
学生さんのレベルでも「コピーするだけ」でもレポートが
できるようになった.
ポリクリでの症例報告も,直筆で無いとだめ.
ということであったが,
「読みにくい」ので,それもなくなった.
ワープロの時代からコンピュターの時代.
そして,ネット社会の到来.
今の学生さんは,簡単にネットで
表面的な知識は得られる.
しかし,「一般論」なので,
「個々の症例」「個々の実験結果」の
検討は,また別である.
日常の仕事でも「途中までコピペ」はたくさんある.
それはルーチンジョブである.
1)生命保険の書類も,電カルのコピーで,
作っている.今は,その原案を
書類係の担当者が作っている.
しかし,責任は「最後の最後にサインをする自分」である.
2)簡単な手術記録
今の今,自分も手術記録も典型的なものは,
全体をコピペをして,
「右」「左」,使った糸などを修正してつくっている.
重要な点があれば,追加している.
3)自分は,手紙も「直子の代筆」で
書いているぐらいで,
「ひながた」は,すでにありとあらゆる方面で,
探し出せる時代である.
だからこそ,もう一ひねりの
オンリーワンが必要である.
お歳暮でも,なんでも,礼状は直子の代筆
をみて,それに,自分なりのフレーズを
加えている.それが「味」というもの.
演歌でも題材は,ほとんど同じである.
それでも,新味をもとめて努力をしている時代.
「歌詞」でも盗作はむかしから言われている.
論文なら,「筆頭者」がすべての責任を負うのは
当たり前のこと.
はずかしながら,自分の博士号の論文は,
印刷したら20ページしかなかった.
今の話題なら,全部がコピペの量になる.
自分は,サルに薬をあたえて,どれぐらいの期間
不随意運動を止められかの実験であったので,
まずは,不随意運動を誘発するのが,
大事で,その時の物質の量がどれぐらいの時間きくか
わからないため,一回投与したら,14時間も
不随意運動が続き,サルの前で延延とビデオを撮ったり,
大変な苦労をした.
ビデオの本数も膨大なものになった.
寒いときは,動物舎で凍えながら,
サルと一緒に頑張った思い出がある.
しかし,自分の実験は,
「あるモデルがあって,その上に乗った研究」である.
発明と医学研究は同じで,
レベルAは,「今まで無い,全く新しいものを発見
あるいは,発明,あるいは,基礎の基礎となるモデルの作成」
であり,
レベルBは,「それを一般化して,応用した」ものである.
そして,レベルCは,「応用の一つとして
こんなこともしてみました」というもので,
一番簡単なレベルが,A+BのCである.
レベルAを発表するためには,
前例がないことが基本なので,
「コピペ」は最初のごく一部しかないはずである.
自分は,文章は,まったく自分で書いた.
そして,写真も自分で撮って,努力をしたが,
まったく世間からも注目されずに
終わった.
まあ,「こんなにやせた」のウェストのくびれは,
フォトショップで,削っていることぐらいは,
常識なので,「やろうと思えば,なんでも出来る」.
自分が米国に居たときの聞いた話.
もう,20年以上も前.
それでも,よくおぼえている.
1990年にサイエンスにたくさん論文を書いていた
米国人がいた.
多くの人が追試をしたが,
同じ結果が得られないので,本人に聞いてみたら,
「理屈ではそうなるので」と答えて
その人は「統合失調症」と判明したとのこと.
まあ,理屈道理にならないから,研究はおもしろいし,
残酷である.
ノーベル賞を争っていたラボも
競争相手が「正しい」ことが判明して,
閉鎖されたのも聞いた.
アルツハイマーの研究で多額の研究費用と
ポスドクを雇っていたラボも,2年間
新しい結果が出せず,そこのラボも閉鎖された.
ようやく,薬も5種類ぐらい出たが,
20年前では,そして,一つのラボでは無理であったと思う.
そんな話は,ゴロゴロあるのが,研究の世界.
全力を尽くして,敗れ去ることもあるのが研究の世界.
追い込まれたら,コピペをするのではなく,
「マイナスのこと,こうすれば失敗する」
ことを示したことで,次の世代が自分を踏み台にして,
真実に近づいていくと悟らないとだめであろう.
まあ,自分は基礎研究ではなく,臨床にもどったので,
そんな簡単に言えるのかも.
まあ,ひながたのコピペと博士号の論文を書くと言うことは,
「別の話」ということは,「今の人」には,口に出して
教えてあげないとダメであろう.